小間物問屋・遠野屋(とおのや)の若おかみ・おりんの水死体が発見された。同心・木暮信次郎(こぐれしんじろう)は、妻の検分に立ち会った遠野屋主人・清之助(せいのすけ)の眼差しに違和感を覚える。ただの飛び込み、と思われた事件だったが、清之助に関心を覚えた信次郎は岡っ引・伊佐治(いさじ)とともに、事件を追い始める……。“闇”と“乾き”しか知らぬ男たちが、救済の先に見たものとは?
以下、ネタバレ有りですのでご了承ください
できればシリーズを順に追って読んで欲しい作品です。
1巻だけではこのシリーズの良さはまだまだ出ていないと思います。
最初はただの事件ものだと思って読み始めました。
巻を追うごとにこの作品は事件ものではなく事件を通してみる男二人の物語だなと。
読み進めたらBLなんじゃないかと思ったりもしました。
そんなシーンは無いのですが、今流行のブロマンス風には捉えることが出来ると思います。
二人は仲良くなんかありません。
できれば会いたくない、顔も見たくない。
何なら殺してしまいたいと相手を憎んでいるかのようです。
しかしその裏に相手への興味と憎しみに絡め取られて身動きできなくなっている感情が見えます。
それを変質した愛情の裏返しだと感じれば、人間の感情の複雑さに俄然興味が沸きます。
こういう心理系の話が大好きです。
話の幕開けは遠野屋のおりんの水死体発見から。
夫の清之助と小暮信次郎はそこで初めて出会います。
巻を追うごとに清之助がどれだけおりんを愛していたか、救われたか、求めていたかがわかってきますがすでに1巻の冒頭でおりんは死んでいます。
小暮は同心でその時の清之助に興味をひかれます。
この二人は異分子です。
世間には溶け込めない変わった人間と言うには、あまりにも異質な存在なのです。
清之助は元は武士。
しかも生国で、暗殺を生業にしていました。
父親の命令で暗殺をしており、兄に逃がされ、その時に江戸へ行って町人になれ、もう武士は捨てろと言われたのです。
江戸へ出て来て途方に暮れてぼんやりしているときにおりんに声を掛けられ、それが縁で夫婦になり彼女とその家族に救われて遠野屋を継ぎました。
もともとの鋭さがあり、商売にも活かされて店は大きくなり今も繁盛の最中。
生きる支えだったおりんを亡くして呆然とします。
同心の小暮は悪事は働かないけれど、善人でもない。
くれると言えば断らずに袖の下ももらうし、むやみに弱いものを救ったりもしない。
人に興味が無いのです。
もっと言うと全てのものに無関心。
彼の退屈を凌いでくれるのは難事件のみ。
驚くほど頭が良く、推理が抜群です。
手下の岡っ引きに父親の代から仕えている伊佐治というものが居て、彼がまた優秀な岡っ引きです。
彼と彼の手下が集めてくる様々な欠片を小暮は頭の中で整理して推理して、難事件を解決していきます。
ジグゾーパズルと一緒です。
話の中でも語られていますが、欠片は多い方が良い。
そうすれば合うピースが集まるのでパズルが完成しやすくなるのです。
小暮は集められた多くの欠片の中から正解を選びパズルを完成させてゆく。
おそらくIQが高いのでしょう。
そしてやはり物事を正面から受け取ったりはしない。
裏からどころか、裏返して縫い目をほどく、縫い手を探すくらいのレベルで探索します。
ほぼ自分では動かず、素晴らしい探索をやり遂げるのは伊佐治です。
この伊佐治がまた素晴らしい。
初老にさしかかる年齢と思えますが、小暮のことを胡散臭く思っていながらも、任務には忠実です。
長いシリーズはほぼこの3人の目線で進みます。
人によるかもしれませんけど自分が読んでいて興味をひかれるのは清之助よりも小暮です。
この人の人間性がどこで、どんな境遇で育ったのかまったくわからないからです。
父親はやはり同心だったようですが描かれる限りは普通だったようだし、母親は幼い頃に亡くなっています。
母親がほぼ語られない仲、興味があったのですが10巻目の"花下に舞う"で少し登場しました。
もっと母子の関係が知りたかったのですが、それでもちょっとだけ登場した限りでは、息子はこの母に似たように思いました。
善悪の判断は彼自身の中にあって世間の物差しは関係ありません。
もしかしたら無いのかもしれない。
彼が事件に挑むのは、退屈しのぎかもしれない。
彼が事件を解決したい理由は嘘ではなく真実が知りたいから。
純粋に真実(ほんとう)が知りたいのだと思います。
彼が憎むのは嘘やまやかし。
なので清之助が本来の姿を捨てて(隠し)店の主人になっているのが嘘くさくて信じられない。
その皮を剥ぎたくて、本性を暴きたくて仕方ないのです。
一方清之助の方は二度と人殺しはしないと心に決めています。
妻が死んだ今は店と自分の周りの人間が一番大事。
二人は合えばにらみあい戦っています。
ほぼ言葉のやり取りですが、実際に刃を向け合ったこともあります。
しかしそれよりも毎回心の中で戦い、相手に刃を向け、血を流しています。
ほぼ憎悪です。
互いに憎悪を向けながら、普通に言葉をかわし、けれど協力して事件を解決したりします。
二人の中に光と闇が交互に現れて、人間の複雑さを感じます。
こちらから見れば仇のように睨み合う二人は、単なる同族嫌悪です。
二人はおそらく相手の仲に自分を見ているのです。
しかも自分の暗さ、"闇"を見て感じているのです。
相手が存在することが許せない、そんな面持ちなのでしょう。
相手の姿を見ては殺したいと思い、姿を見なければその存在を確認したいと思う。
簡単ではない事件も面白いですが、とにかくこの二人の愛憎が面白い。
愛してるそぶりはありませんけど、ここまで憎んでるのは愛情の裏返しじゃないのか?と勘ぐってしまうのですよ(笑)
とにかく互いしか見えてないんだから。
そしてそんな二人をこれ以上なくまともな伊佐治が見守っています。
清之助の本性がわかっていながら好ましく思っている。
小暮に心酔して忠実なのにどこかで嫌悪している。
伊佐治の想いも面白いです。
人間の心理に興味のある方は是非読んで欲しいシリーズです。
過去に作者の「バッテリー」「NO.6」「おいち不思議語り」などのシリーズを読みましたが、毎回違ったテイストで、しかも心惹かれる作品で毎回素晴らしいと思っています。
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